<   2012年 11月 ( 5 )   > この月の画像一覧

初めてシゴトする協力企業がウチに不満を持っている…。と感じたので、解決の糸口を探るべくMTGを開催、するとウチの進め方では品質保証できないから降りたいと言ってきた。実際にお会いしたのは3度、あとは全てオンライン、何でこんなことになったのか?粘り強く話し込むうちに要因が見えてきた。

最たるものは、スケジュールに書かれた語彙の解釈違い。そんなレベル?なのだが、先方にとってはこだわりの粋のような言葉。問題はその受け止め方の重さ軽さだったわけです。でもそれ以上に感じたのは、もろもろの想いの根底にある「教えて差し上げる」という思いやり交換の不足。


まずは解釈違いを理解いただくために、かなりの言葉を尽くした。勉強不足も詫びたし、今後の進め方も善処を約束した。そうして誤解は氷解し、業務も継続いただけることにはなった。まあ、結果に関して言えば当然のこと。おたがいプロを自認するならば、いかなる状況(オトナの事情を汲み取って)でも何とか着地させねばなりません。

先方の守り主張も理解できるけど、こちらの事情も訊ねてくれなきゃね。スケジュールに刻まれた日数の意味や施工方法を説明してくれたのは、このMTGが初めてでしょ。思い違いの原因はウチばかりじゃないのに、何かそこら辺はかみあわない。あくまで最後まで、守り主張を繰り返すのは、B型で大雑把なボクへの警戒感なのかな。


「教えて差し上げる」は「教える」には無い僭越ながら…の気持ちが込められています。知ってるよそんなこと〜と返されても「でしょー!」で済む。プロジェクトを俯瞰し状態をマネジメントするのはディレクターのシゴト。でもネガティブ感情にスイッチが入ったままでは、フラットになんか見られないですよね。

初めてシゴトする相手とは、気遣いや思いやりを交換しあうのは当然だと思うのですが、理解不足を詫びるボクらに対し、最後まで自社の言い分を通し続けた彼女たちもある意味立派。それだけ悶々としていたんだあと思いつつ、もうちっと協業感を楽しんでもらえたらな〜と思います。そこが残念。


テルミニに場所を移してトルボー。3本からチョイスするのだけど、ギリシャのヌーボーを強くオススメしたい感が見えたので注文、甘い口当たりながらもしっかり感があってイイ。シェフのN根くんがホールに出て緊張気味に接客修業中、見える風景や会話の内容も違うでしょう。

心と脳ミソに汗をかきながら勉強して、みんな成長していくんだね。どんなシゴトも相手がいる以上すべてがサービス業、シゴトきっちりはもちろん、そこにユーモアを少しおまけしてセクシーにいきたいな。他人のシゴトを自分に置き換えて視る、ただ呑んでいるワケじゃないぜ〜とイイワケする夜。


b0166747_10542731.jpg

[PR]
by t-jack2121 | 2012-11-22 11:16 | 外で呑む。 | Comments(0)
『音楽を好き嫌いで楽しみ始めるのは誰もが通る処だが、たくさんの多彩なものに出会っていきながら、自分の美感と美観を育てるのは大切なことだ。
自分の嗜んでいるものにある、自分が“ここがいいなあ”と思う正反対の部分に感動をおぼえる人が必ずいることを識っていくこともできる。
そうすると例えば“飽きるなあ”って感想が“静謐でいいなあ”と思えるようになる。


一時は万事だから、そんな広い美感をもてたなら、違う思想や文化や価値観を寛容とか許容という、結局は自分から目線でしかない穏やかさの先の「敬意」や「同人性」にまで達することもできる。
それは評論家等が陥りがちな「系統化」することで冷静さと折り合いをつける、一見大人な立ち振る舞いも稚拙さの域を出ていないということも見えてくる。
当然、amazonやiTunesの感想投稿に時折見られる攻撃的で狭小な批判の幼稚さも見えてくる。


そして、その先では妥協ではない本来の「融和性」の実感を味わうことができる。そして…気づいたら「好き嫌い」ではなく「好きか、まだ理解できていない」という差別ではない「区分域」と謙虚さを持った目線で人にも接することができるようになる。
音楽で世界は変わらないが、音楽で、多彩な価値観を認める世界を目指す人を生み出すことは可能である。ガンジーやルーサー・キング、シェークスピア、ゲーテなど歴史上の偉人が何より音楽を大切にしたことの奥底でもある。。。』



上記文章は、先日購入した故ジェフ・ポーカロ「セッションワークス2」のライナーノーツにあった佐藤竹善(シング・ライク・トーキング)の寄稿文。トシを経て妙に共感したのでご紹介します。生きることも、仕事をすることも、日々セッション。1フレーズは一瞬、その一瞬に持てるチカラと個人的エッセンスをどれだけ詰め込めるか。熟れた年頃だからこそ役に立てることはまだまだあるのかも。

当アルバムも、「1」以上にナカナカなラインナップ。
(Sony Music Japan)




[PR]
by t-jack2121 | 2012-11-20 10:29 | ほんとに雑記。 | Comments(0)
「気になるところ、イロイロ言ってください」。と、カウンターから話をなげかたお返しによくお願いされます。でも、毎日数軒ハシゴするメディアや外食好きの方ほどの比較級があるわけでもないし、基本はプライベート利用ですから。ま、半年くらい通って馴染みになったら少しくらいは言えるようになるでしょうか。だとしても、嗜好とビジネスを分けて言うはムツカシイんですよ。ヘタすると敬遠されるし。


新しく出す店は、とかく料理と酒にフックとなるものを求めます。いわゆる「とんがり」。本来は先にありきですが。でもそれを軸に据えて安心し、メニューに動きがなくなる店もしばしば。インパクトが通用するのはたいてい来店二度目まで。トータルでも主軸でも看板料理が3つは欲しいが、あとはオマカセでいいです。頼まれて悩んでいるようじゃ、客を喜ばせる準備がないなと知るだけ。キツイですかね?


ボクらが企業の商品販促を理解するには、どうしても一年はかかります。季節ごとの内容、準備や打ち出しの仕方、それに予算配分。今期の結果はこうだたから来期はこうしないと、みたいな。馴染みの店も同じで、月イチでもずっと見続けていると、努力と成長、意欲と怠慢の微差が感じられるようになります。とまれ、少々の不満があっても店主の人柄が魅力だったり、生業の成り立ちは様々で良いと思います。


本気でアドバイスを得たい人は、ボクに限らず様々なタイプ人に常に声をかけ続けています。逆に、こちらが気になって声をかけても鈍いレスポンスしかできない幹部がいる店もあって、社長とのコントラストがくっきりでガッカリ。客が来ないのはホッピーの有無じゃなくて貴方の責任だよ、と言いたいけど、だったらアンタやんなさいよって返されそうですし。ん、いや、そしたら受けて立つかもね。


先日、ワイン屋のオヤジからパリ土産のチョコをいただきました。馴染みのラベルがぎっしりのボンボンを見て、亡父の書棚にあったミニチュアボトルを思い出しました。ジョニ黒とかシーバスとか。それが欲しくてたまらなかった小学生の頃。7歳でお屠蘇で酒の味を憶え、中学では遠足のコークハイで停学となり、その40数年後がコレですきに。お土産ありがとうワイン屋のおっちゃん。懐かしい記憶が蘇った。

b0166747_1050411.jpg

[PR]
by t-jack2121 | 2012-11-09 11:04 | 飲食店雑記。 | Comments(2)
b0166747_1138541.jpg

凹みました、久しぶりに。小さい凸凹は毎度のこと、踏みつけて均しちゃうけど、今回は思いっきりズド〜ン。丸一日半ずっとドツボマン。企業人の頃は、会社の看板でスペシャリストを集められたし、社内の誰かがカバーしてくれた。でもどこかヒトゴトでダメな時の痛みも均等シェアする感じ。

今は自分で瞬時にジャッジするも、時々はしくじる。第三者と組むシゴトでしくじると痛みは倍々増、かなり堪えます。前向きに臨むも己の力不足を痛感し、撤退せざるを得なくなった月曜。翌火曜いっぱい猛省モード、どっぷりとMr.ブルー。


各方面へのお断りメールを何度も書き直した。最初は言い訳めいた文言がどうしても並んじゃう。それを消しては書いてまた消す。その間は凹の内壁を登っている感じ、やがて力尽き自分の無力さを吐露すると凹の底がゼロ地点として均されてゆく感じ。

申し訳ありません、アノ人コノ人ソノ人カノ人の4名様。自分のキャパを過信するタイプではないんだけど、どうにもならない無力感も年に一度はやってくるんですね。身のたけ身のほど器なり。シゴトも酒もトシなりに熟れた味をださなきゃ。


凹んだ窪みに酒を満たそう@つくね新虎の門店。すると十数年来の知人常連が三人もいた。一升瓶焼酎を股に挟み手酌するメディアマン、マンション購入あと婿待ちのIT女史、マッカーサー道路の立ち退き成金の金物屋のボン。ま、いつもの顔ってやつで。

シゴト無関係の間柄、過ごしてきた年月の厚み、有り難かった。おかげで凹が満たされた。日々色々あろうに、酒場は相手を喜ばせる場と心得ている仲間たち、そして場を包む店主。あーボクもシゴトのあり方を見なおさなきゃ。ちょっとだけ心のなかに凸が芽生えた夜。今日から出直します。
[PR]
by t-jack2121 | 2012-11-07 11:42 | 外で呑む。 | Comments(0)
飲食店で過ごしながら、年取ったなあと思うことが増えました。いや、自身の肉体の現象面ではなく外的環境において。経営者も客も自分より若い人ばかりになっちゃったし、馴染みの店では常連層が少しずつ入れ替わり話題共有もしづらくなったし。当然かもしれません、その店に出会って何年たったかを考えれば。それが、年を重ねたなあという実感をボクにもたらしています。


店だって日々進化と変化を繰り返しています。変わらない自分だから、求める心地良さが置き去りになる寂しさを違和感と捉えているのかも。逆に好感を持って追随することで、自身が変わっていくこともありますが、いずれにしても店しだい〜というテキトーなボク。とまれ、旨いメシなのか、日々の小さなサプライズなのか、ウマの合わない客層なのか。そう思うこと自体も、年をとったなあと思ってみたり。


会計の際に、お客の8割以上が「お愛想!」と言うチェイン寿司屋が近所にあります。「あがり3つね〜」と叫び、逆に店員から「お茶ですね」と返されたり。若い人だけじゃなくて年配の方も多いですね。そういうのを見ると客側も恥をかくシーンがなきゃと思うけどいかが。「お前さんみたいな客が常連と呼ばれちゃウチが恥ずかしい!」と店が客と対等な関係をつくれた時代、みたいな。怒られてでも来たい魅力があるから客の側も店に見合うようになろうと真剣に努力する。その結果、シゴトも接待も上達する・・・なんてこと考えるのも、オッサンになった証拠でしょうか。



コトバを交わさずとも一杯一皿に込められた想いは伝わるもの。バーで何気なく呑むソーダ割り一杯にも、つくり方の秘訣があります。つくりかたの微差が大差を生むことも、プロは知っています。この夏モヒートを出す店が増えましたが、どの店もおいしくない。ミントはすり潰さず添えただけで使う酒質も甘い。それが流行りと言うならそりゃ違う。ハイボールも同様、効率重視でディスペンサーがほとんど、瓶の炭酸を選ばないのはサン●リーのお導きか。バーじゃなければテキトーでいいというワケでもないし、それこそ大きな差として体感するんじゃないかな。


どんな場所でどう売るかで考え方は大きく異なりますが、基本はどんな価値を届けたいかデス。喜ばせたいと、儲けたいは、紙一重。なんだか、そんなことをカウンターで考えるようになって、年をとったなあと再びみたび。加齢が進む自分を引き受けてくれる店であってほしいのは単なるわがままですか、「悲しき願い」ですか? ↓↓



[PR]
by t-jack2121 | 2012-11-03 13:37 | 飲食店雑記。 | Comments(0)

蕎麦の笊に顔を埋めて堕ちたことをネタにされています


by t-jack2121